しーくれっとハムのひとりごと

ROM専が時折もらす独り言です。

やっぱりきかい

吉原理恵子著「間の楔」は発表から30年以上を経ても、尚も読者を魅了する名作。

※年号にすると 昭和→平成→令和に至り、改めて感じる凄み。

間の楔」(単行本版&文庫本版)の初読み時の感覚を思い出しながら、なるべく率直に書いてみました。

"右足は膝が潰れて足首がちぎれ、左は太腿から完全にもぎ取られていた。"

吉原理恵子著「間の楔」(光風社出版)P330より抜粋

ダナ・バーンの悲劇を決定づけるイアソンの両足切断。後に加筆修正された文庫本版では更に

"その下には青い人工血液がおびただしく散って金属骨が剥き出しになっていた。"

吉原理恵子著「間の楔6」(Chara文庫・徳間書店)264Pより抜粋

の一文が付け加えられています。

 

”(中略)下半身の無残ななりは、思わず目を背けたくなるほどであった。(中略)

"「ガイは、スロープの上だ」

まるで何もなかったかのような、淡々とした口ぶりだった。"

吉原理恵子著「間の楔」(光風社出版)P330より抜粋

吉原理恵子著「間の楔6」(Chara文庫・徳間書店)265Pより抜粋

と単行本版、文庫版共に動揺するリキと対比される極めて冷静なイアソン。

これまでもリキとの圧倒的な体力差や、直前のガイを瞬く間に半●し(笑)にする場面では痛みにのたうち回るガイとの対照性も相まって、イアソンが生身の人間とは次元の違う存在であることは十分に示されてはいました。文庫本版の”青い人工血液”や”金属骨”が更にそれを際立たせ、改めてイアソンが機械である事実に気づかされます。因みにOVA旧版では”金属骨”は判りませんがイアソンの恐らく人工血液は赤色です。ダナ・バーンの両足切断の場面以外でもリキが手袋越しにイアソンの指に噛みつき、白手袋に赤い染みが出来る場面があります。

私は単行本版の初読み時は、この場面の描写に注目しませんでした。ただ、圧倒的な力を持つイアソンが一気に無力な存在となり、それを目の当たりにしたリキに「どうするリキ」(某大河ドラマのタイトルではありません)と次の展開に注目しただけでした。

★余談ながらリキへの”どうする?”の問いかけは作中でカッツェが心中でしています(OVA旧版&文庫本版)。

後に加筆修正された文庫本版で同場面を初読みし、率直に感じたのが

イアソンってやっぱり機械だったんだ

我ながら冷淡でドライな感覚です。これまた某SFアクション映画シリーズ(ブログ記事「れいこくむじひ」「ひーろーふざい」「にんげんのたて」で参照)の影響です。某映画に登場するアンドロイド兵は人工皮膚を纏い、見た目は筋骨隆々の堂々たる偉丈夫です。が、シリーズを通して繰り広げられる激しい戦闘で徐々に身体が破壊され、part1では人工皮膚が燃え尽きて金属骨格を剝き出し、part2では片腕は千切れ顔半分は金属骨の頬骨や不穏な赤い光を放つ義眼が露出する、文字通り一皮むいて現れる姿は紛れもなく機械です。また一切の恐怖や痛みを感じずに任務(Part1は要人暗殺、Part2は要人警護&自己破壊)を遂行します。

それらが記憶に焼き付いているせいか、”青い人工血液”や”金属骨”を曝け出し、冷静にリキに”「行け。時間がないぞ」”と言ってのけるイアソンを機械的に感じました。自身を解放するイアソンをリキは”土壇場での最初で最後の好意”と受け止めています。しかし私的には機械的無機質さから来る合理的判断であり、その冷静さを、まるで機械の感情メーターの針が一気にゼロまで下がり機能停止したかのように思えたのです。これが私の文庫本版の初読み時の率直な印象です。但し、リキが戻った場面ではイアソンの驚きと喜びを、素直に生身の感情として受け入れられたのですが。今考えても何か不思議です。

注)全て私が抱いた勝手な印象ですのであしからず。

 

<あとがき>

今回の記事を書きながら、我ながらイアソンを冷淡な目で見ていたことに驚きました。そして某SF映画が自身に与えていた影響の大きさも。

私自身は間違いなくごりごりのイアリキ至上主義(笑)です。二人の恋愛(絡み込)に常にヨダレを垂らしています。(^q^)(^q^)(^q^)

でも全く別の考え方をする自分が同時に存在します。やはり想いを文字にすることで見えてくる自分や客観視できる様々な事があるので、筆不精ではありますがブログを書くのは続けていこうと思いました。

★この記事を書くときに浮かんだ雑多な考えを次記事にまとめました。

secretham.hatenablog.com